誰のことを思うわけでもなく、誰の思いを受け取るわけでもなく、ただ幸せそうにしているだけで誰かに幸せを与えている
そんなことばかりしているうちに、わたしは、誰かに何かを伝えたいと思うことが少なくなった。特定の誰かに、どうしても君にわたしの気持ちを伝えたいのだと、衝動的にメールを打つこともなくなった。実体のない、そこにいるはずの誰かに向かって、空虚な言葉を放り投げるだけだった。
断るのは面倒くさい。怒るのも悲しむのも面倒くさい。
抱えるタスクの辛さがそれを上回ったとき、感情が溢れでてくるが、周りの人には伝わらない。
抱えるタスクの辛さがそれを上回ったとき、感情が溢れでてくるが、周りの人には伝わらない。
絶対に他人を悪く言わない友達がいて、なんでそんなに優しいのか?と思って観察したら、単に悪い出来事とか嫌な人に時間を割かない子なんだって気付いて感動した。嫌いな人に夢中になって、悪口を考えたり、それを誰かに話す時間を割くのは確かに無駄でしんどい。
– (元発言削除済) (via thinkeroid)
どんなにチャーシューメンが食べたいと思っていても、ラーメン屋に入ってもやし炒めと言ってしまったら、もやし炒めがでてくる。たいていのことは、そうやって口に出した言葉で決まってしまう。だから好きな人には、好きと言わないといけない
人の欠点が気になったら、
自分の器が小さいと思うべきです。
他人の短所が見えなくなったら相当の人物、
長所ばかりが見えてきたら大人物です。
人が持つ最大の能力は、会うべき人と出会う能力。
– 深呼吸する言葉・きつかわゆきお (via kisato2) (via petapeta) (via device302) (via kyohei1989) (via usaginobike) (via rollinbox) (via shimanashi, kisato2clipnews) (via usaginobike) (via ak47) (via shortcutss) (via noriichi)
酔った友達がポッチャリ系の女の子になだめられてる時に「ごめん、おっぱい大きすぎて何言ってるかわからない」と言ったのがパンチ強過ぎた
一人が独創的な発想をしても、それが独創的であるほど誰も理解ができない。必ずそれが独創的であると認める者が必要であり、必然的に独創性とは集団芸であると言える。これが松本人志の言う「すごいものが世に出るには、考えるアホと認めるアホと形にするアホの3人が必要」という3アホ理論である。
otter looks like other: スズピに関する興奮、または青春の回収について
新宿3丁目で、時々会う友人らとビールを飲んでいた時のこと。そこへたまたま別の友人グループが通りがかり、自分たちを見つけてくれて合流となった。初対面の人間を2人連れていて、そのうちの真っ赤なワンピースを着ていた方がスズピと名乗った。とてもお洒落で可愛く、酒をよく飲んで、アカウントも面白い女だったので、その日のうちに大好きになった。
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